岐阜で活躍する女性の紹介
〜岐阜で活躍する女性からあなたへのメッセージ〜

立ち止まってみたら
道は走らずともゆっくり
歩けることに気づいた
いつまでも健康でいることが夢に


一般社団法人東光会会員・東光会中部支部会員・東濃洋画家連盟会員/ギャラリースペース岳 オーナー
奥田幸子(おくだ ゆきこ)さん(土岐市)

【2018年5月17日更新】

妻木三山を借景に広がる庭や山小屋風の佇まい。「ギャラリースペース岳(がく)」はまるで大自然の中にいるような錯覚すら覚える空間で、訪れる人々を一瞬にして癒してくれます。オーナーは油絵作家であり、絵画教室も営む奥田幸子さん。絶景を臨むアトリエで創作活動や絵の指導を20年以上続けてきました。69歳の今年、6月に頸椎の手術をしたのを転機に「今後の自分や、すべきことが見えた」と語ります。

小さな頃からの夢は画家。
部活動で油絵に魅了されて

 山間の地で代々、石材業を生業とする家に生まれました。小学生のとき、先生にほめられたのをきっかけに絵を描くことが大好きになり、「絵描きになろう」と決意。その夢を追い続けて多治見工業高校のデザイン科に進学し、洋画部に入部したのです。ここで油絵に出合い、夢中で描きだしました。高校2年生のとき、県の美術展で入賞しました。両親は土岐市の土地柄か、「絵描きになりたい」と言えば陶磁器の上絵を描く職人だと思っていたようでした。でも、私の絵が岐阜県美術館に展示されていると知った父は、私を岐阜市まで連れて行ってくれました。当時は交通の便も悪く岐阜市はここから遠かったので、とてもうれしかったです。
 卒業後は美大に進学したかったけれど、経済的理由もあり独学で絵を描き続けながら、土岐市内にある陶磁器を生産する企業や、陶器商で働きました。
 この頃は山登りが大好きでよく山へ出かけていました。風景画を描くことが多いですが、今も一番得意とするテーマは花です。山道で見つけた花や木々を徹底的に観察して描くうちに名前や種類が知りたくなり、調べるうちに詳しくなったのです。知識が増えると一層山歩きが楽しくなりました。しかし、大作を描くようになっていき、花だけでは構図が成立しない。それで絵のテーマが自然や山となり、風景画を描くようになっていったのです。

作品の入選をきっかけに
個展開催やギャラリー開設へ

 23歳で結婚し、専業主婦となり、2児を出産。子育て中も20年以上、絵は独学で続けてきました。1995年、47歳のとき東光展に出展した絵が入選し、東光会中部支部に入会。会は母校である多治見工業高校の元校長で画家の故・水野一好先生が牽引していました。男性の元美術教師などが多い中にも女性メンバーもいて、この地域で絵を通じた仲間ができたのがうれしかったです。入選をきっかけにそろそろ絵を教えてみてもいいのかな、と教室を始めました。また、早すぎる気もしましたが、思い切って多治見市内で個展も開催。この体験が私に「将来、ギャラリーを開きたい」と奮い立たせることになりました。そこで、水野先生に相談してみると、先生は喜んで運営の仕方などを教えてくださったのです。
 両親や姉が残してくれた現在の場所にギャラリーを開設。妻木町には当時、文化や芸術を語る場所がなく、「アートって何?」という人も少なくありませんでした。ですが、その美しい自然に馴染むよう、こんもりと木々が建物を包みこむようにガーデンの整備をしようと夢が広がりました。植樹から始め、建物が建ち、店内にはカフェスペースも設けて、1997年にオープン。山の自然が私の作品テーマになっていたため、「岳」と名付け、企画展以外は私の作品を展示しました。また、奥に大きな窓から四季折々の庭から続く山々の景色を眺められるアトリエも設けて、本格的に油絵教室の運営も始めました。教え子たちは小学生から高齢者の方々までと幅広く、現在は8人ですが、少人数なのでじっくりと指導でき、みなさん伸び伸びとマイペースで絵を描くことを楽しまれています。いまでは近所の方々もひと息つきに気軽にやって来てくださいます。

息子の死から5年
夫との船旅に心救われて

 5年前に息子を亡くしまして、その死が受け入れられず、その前後1~2年の自分についての記憶は曖昧ですが、気力や希望を失った私の姿を見ていた夫が船旅に連れ出してくれました。それ以来、年に一度は夫と国内の船旅へ出かけるようになりました。小笠原諸島、山形などへ行き、今年は屋久島へ。壮大で神秘的な自然美あふれる風景を深く心に刻んできました。天気にも恵まれ、猿や鹿にも出会い、興奮しました。息子の死から5年が過ぎ、今は心が少しずつ元気になり私らしい日常を取り戻しています。
 今年4月にガーデンにツリーハウスをつくりました。オープン当初に植えた樹木が大きく成長してくれて、森のなかの隠れ家風に仕上がりました。そこからの景色と美味しいコーヒーを味わっていただければと思います。忘れ形見である7歳の孫の成長も楽しみです。可愛くて仕方ないですね。

緑や花々、自然に触れながら
これからの人生は心豊かに

 今年6月、私は頸椎手術を受けました。入院生活をしたことで私は思いがけず69年の人生で初めて立ち止まることになったのです。ベッドのなかで、「いつも前ばかり見て走ってきたなあ」と、振り返りました。その時々、いつも無我夢中で何かに取り組んできたから、自分の年齢のことや、老いについてなど考えてみたこともなかったのですね。幸い術後の経過も良く、こうして筆を持つこともできるようになり、ありがたく思いますが、「これからは走らずに、ゆっくりと歩いていこう」と思いました。今後の夢は「健康であり続けること」。これまでのガーデンの手入れはすべて自分でやってきましたが、ここで緑や花、自然に触れながら、健康寿命を延ばして深く豊かな時間を刻んでいきたいと思います。