岐阜で活躍する女性の紹介
〜岐阜で活躍する女性からあなたへのメッセージ〜

訪れた国は1年間で約15カ国
音楽や写真で国際支援を目指す


Baraka Dunia代表
表萌々花(おもて ももか)さん(高山市)

【2019年5月23日更新】

アジアやアフリカ、ヨーロッパなどを回りながら、各地でボランティア活動に従事してきた表萌々花さん。帰国後は、国際支援団体「Baraka Dunia」を立ち上げ、ケニアのストリートチルドレンを支援しています。地元・高山市で音楽イベント「Bonsai」を開催。ストリートチルドレンの実情を訴えながら、収益費を寄付に充てています。「Baraka Dunia」とは、スワヒリ語で「世界に祝福を」を意味。一人でも多くの人の助けになりたいと、支援の輪を広げています。

音楽イベントを通して
ストリートチルドレンを支援

 バックパッカーをしながら世界を約1年間回り、2017年に帰国。国際支援団体「Baraka Dunia」を立ち上げ、ケニアの支援団体「KITO international」(キトインターナショナル)を通して、現地のストリートチルドレンを支援しています。
 ストリートチルドレンをはじめとする貧困問題を一人でも多くの人に伝えたいと、昨年から音楽イベント「Bonsai」を開催。地元のお寺を会場に、2017年は130人、2018年は150人が音楽や飲食を楽しみました。運営費を除いた収益は、「KITO international」に寄付。昨年は、生理用品や衣服の購入費としたほか、就労支援に充てられました。そのお金で、ある男性は自動車学校に通い、運転免許を取得。現在はタクシードライバーとして生計を立てています。
 私たちが音楽を楽しむために支払ったお金が、貧困者の生活を変えていることに手ごたえを感じています。今年の支援内容はまだ検討中ですが、進学や就労支援に充てたいと考えています。

ハリウッド俳優に影響を受け
国際支援に興味を持った10代

 幼いころから映画が好きで、10代の頃の夢は「ハリウッド女優」。アンジェリーナ・ジョリーさんや祐真キキさんなどに憧れていました。調べていくうちに、彼らが人道支援に携わったり、難民支援に関わったりしているのを知り、海外の問題に目を向けるようになりました。母親が、貧困に苦しむ子どもたちを支援するための寄付活動に参加していたことも、国際支援に興味を持った理由のひとつ。私も活動に賛同し、チャイルドスポンサー(※1)として毎月の小遣いから数千円を寄付し、ルワンダに住む女の子を支援していました。
 高校卒業後は、ワーキングホリデー制度(※2)を使って、ニュージーランドに滞在する予定でしたが、「自分の目で世界を見て回りながら、困っている人を支援したい」と、プランを変更。国内外でボランティア活動を行うNGO団体「NICE」(ナイス)が提供するプログラムに参加し、各地でボランティア活動に携わりながら世界を旅することに決めました。資金は、高校時代にアルバイトをしながら貯めた200万円。まずは英語を身につけるべく、インドネシアに向かいました。
 ※1 途上国などの特定の子どものスポンサーとして、継続的に支援する活動
 ※2 2国間の協定に基づいて、休暇目的の入国及び滞在期間中における付随的な就労を認める制度

ボランティア活動に参加
支援内容に疑問を感じることも

 当時の私の英語力は、日常会話もままならないほどのレベル。語学力を上げるべく、1日8時間の集中型カリキュラムで英語をみっちり学びました。
 その後は、タイ南部のサトゥーン県へ。イスラム教徒が暮らす小さなまちに滞在しながら、現地の子どもたちに英語を教えました。私が現地を訪れたのは、ちょうどラマダン(※)のとき。唾すら飲み込まないほど厳格な信者の方もいる環境での生活は、人前で飲食をしないようにするなど、とても気を遣いました。たまに停電することもありましたが、毎日が楽しく、約1カ月半の滞在はあっという間に過ぎていきました。
 次の滞在地は、ASEAN加盟国内で唯一の内陸国ラオス。国民の7~8割が農業に携わっている農業大国であるため、貧困国であるにも関わらず餓死する人がほとんどいない珍しい国です。現地で携わったボランティアは、動物の侵入を防ぐためのフェンスづくり。木製からコンクリート製のフェンスに建て替える活動でしたが、既存のものを壊してまで作り直すべきなのかと疑問を覚えました。自分の活動が本当に役立っているのか、支援のミスマッチングが発生しているのではないかと、ボランティアの在り方について考えさせられました。
 30万人のストリートチルドレンがいるとされるケニアでは、アフリカ最大のスラム「キベラスラム」に滞在しました。ストリートチルドレンに支援を行う「KITO international」と出会い、彼らの活動に感銘。活動紹介のビデオ制作に携わりました。私用のiPhoneを使って制作した動画にはキベラスラムで育った人々が出演。スラムの現状を伝えながら、「KITO international」の就労支援を通して手に職を身につけた人などを紹介しています。

 ※イスラム教徒が行う断食のことで、期間中の日の出から日没までの間は、飲食が禁じられている

デモをきっかけに写真家を志す
いつかまた拠点を高山に

 1年間で訪れた国は、アジアやアフリカ、欧州などの15カ国。旅行中は楽しいことばかりではなく、悲しい思いや怖い経験もありました。観光目的で訪れたカンボジアでは、紛争の怖さを知りました。トゥールスレン虐殺博物館は1970年代、カンボジアの武装組織「クメール・ルージュ」によって作られた収容所の跡地。多くの人が命を落とした当時の凄惨さを伝える写真が展示されているほか、拷問による血のあとが一面に残っています。こんな大虐殺がわずか40年前に起こっていたことに衝撃を受けました。また、ベトナムでは偽装タクシーに乗車してしまい所持金を全部取られたうえ、荷物とともに外に放り出されました。
 旅の終盤で訪れたスペイン・バルセロナで自身の方向性を変える大きな出会いに恵まれました。当時、現地では難民の受け入れを要請する大規模なデモが発生。デモのきっかけとなったのは、国境の壁をよじ登る難民の姿を捉えた写真だったといいます。「たった1枚の写真が数十万人の心を動かすことができるとは」と衝撃を受け、写真家としての道に進みたいと決意。現在、拠点を東京に移し、写真家のアシスタントとして技術を学んでいます。
 写真家の修業とともに、国際支援も続けていきたい。いつか高山と東京の2カ所で「Bonsai」を開催できたらいいですね。今の拠点は東京ですが、自分にとって一番落ち着く場所はやっぱり生まれ故郷です。私の根っ子は、いつも高山。ここを拠点に各地へ出向く生活をしていきたいですね。