安八郡神戸町にある和菓子店「平野屋」の若女将として、日々菓子づくりに勤しむ中野典子さん。練り菓子、焼き菓子などの伝統的な和菓子のほか、「バラのロールケーキ」といった洋菓子も販売し、女性らしい視点での商品づくりが話題を呼んでいます。「32歳で実家に戻って和菓子の道に入るまでは、会社員の経験しかありませんでした」と典子さん。和菓子や洋菓子を一から学び、広い視点で店づくりを担う彼女は、人生の挫折を新しいスタートに変えるポジティブな心の持ち主です。
娘と2人で再出発するために、
実家の和菓子屋へ弟子入り
「平野屋」に生まれた私は、お菓子を食べた経験はあっても、つくることに関しては素人でした。大学卒業後は会社員として26歳まで働き、結婚と出産を経験。その後、離婚をすることになった時、「5歳の娘を育てながら、どんな仕事ができるだろう?」と考え、娘の帰宅を迎えてあげられる自営業が最適だと思い、働かせて欲しいと父にお願いしたんです。32歳で菓子づくりの道に飛び込むことになり、とにかく必死でした。師匠である父親から和菓子を習い、同時に洋菓子店で修業をしながら、無我夢中でお菓子と向き合ってきました。
女性目線での菓子づくりを通して
社会や人とのつながりを実感
店に並ぶのは、練り菓子、焼き菓子、紅白上用まんじゅうなどの伝統的な和菓子です。焼き菓子の中には、おまんじゅうを焼いたものがあったり、冠婚葬祭用に赤飯、おもちを扱ったりしています。生後1歳の記念につくる足型もちも好評ですよ。王道の味を守りながら、時代のニーズをつかんで新しいことにも挑戦したいと考え、2010年には「バラのロールケーキ」を発売しました。バラのエキスを生地やクリームに練り込み、食用の花びらを添えています。また、牛乳の代わりに豆乳を使った「ほっくらロール」は、授乳中のお母さんに好評。生クリーム等の脂肪分の多いものを食べると、炎症を起こす可能性があるためです。病院で出されることもあるほどですから、育児中でも甘い物が食べたいママに最適。新商品を出す時は緊張しますが、「おいしかった」の一言で大きなよろこびに変わります。お菓子を通して多くの人と対話できることが、この仕事の大きな魅力ですね。
失敗や挫折は飛躍のための一歩
平常心を保てば道が開けます
「バラのロールケーキ」を売り出した時、商工会の勧めで東京・池袋の物産展に出店しました。これがまったく売れなくて。店名を知られていない地域での商売の難しさ、売り方の工夫の必要性を実感しました。4日間の出店と準備の1日を費やし、結果は大赤字。でも、落ち込むことばかりではなかったんです。物産展会場で数多くのバイヤーさんと名刺を交換できましたし、「母の日ギフトとして売り出さないか」とのお声掛けもいただきました。「平野屋」にて商品管理と発送をすることを条件に通販を始め、お店の方向性を考える良い機会になったんです。実はこれ、仕事以外にも当てはまること。私自身、子育てと仕事、両方が中途半端になると悩んだ時もありましたが、「活躍の場が2つあるから気持ちを切り替えられる」と考えたらスッと楽になって。完璧を求めず、なるようになると大らかな気持ちでいれば、良い方向へ進むと信じています。
お菓子が育んだ人との絆を
次世代へ受け継いでいきたい
お店を訪れるお客様は、近隣の方から岐阜・大垣に住む方までさまざま。「平野屋」のお菓子を食べて育った方が、子どもを連れてきてくださったり、おじいちゃんやおばあちゃんと暮らす子どもが、お小遣いを持っておまんじゅうを1個買いに来てくれたり。そんな場面に遭遇すると、お菓子が持つ「食育」の可能性を感じます。お菓子を通して世代間の関わりが生まれ、子どもたちに自然素材を使った和菓子を食べてもらえたら、地域の子育てに微力ながら協力できているのかな、と。ただ、店を大きくしようとは考えていません。商品の質を高め、日本の和菓子文化を継承するために、続けて行くことが大切ですから。体力勝負なのでヨガをして体を整え、休日は美術館めぐりをして、お菓子づくりに生かすセンスを磨いています。毎日が勉強ですが、肩の力を入れ過ぎないよう意識しています。失敗を怖れなくてもいいんです。前さえ向いていれば、道はつながっていくんですから。