高山市の社会教育委員や人権擁護委員を務めるなど、住みよいまちづくりに貢献するほか、0~3歳の子どもとその保護者を対象とした「乳幼児学級ピッコロハウス」を運営する荒木千惠さん。33年間の保育士経験を生かし、地域社会全体での子育てに力を注いでいます。季節にちなんだ遊びやおやつ作りなどが好評で、子どもと保護者がともに学び合う、笑顔あふれる交流の場を創出しています。
保護者の学びを深める
乳幼児学級を運営
0~3歳の乳幼児と保護者を対象とした「乳幼児学級ピッコロハウス」を、毎週木曜日午前に高山市国府町福祉センターで開催しています。ピッコロハウスは、乳幼児の遊びの場を提供するだけでなく、おやつを作ったり勉強会をしたりと、保護者もともに学び合う場所です。四季折々のアクティビティーもあり、春は親子でヨモギ摘みに出かけたり秋にはりんご狩りをしたりするなど、野外活動が満載。ときには町内をバスで周りながら人形劇を披露して、地域の歴史を学ぶ機会を提供することもあります。年齢の近い子どもを持つお母さん同士が知り合うきっかけにもなり、和気あいあいとした雰囲気も特徴。参加者の意見を取り入れ、内容を充実させています。
子育ての悩みは尽きないもの。誰かに話を聞いてもらうことで楽になるケースもあるので、話し合いの機会を積極的に設けています。仲間に胸の内を明かすことで、心がすっきりと晴れる方も多くいらっしゃいます。
保育士の傍ら内地留学を経験
実習は自らを見直すきっかけに
保育士の道を志したのは、高校時代の先輩から障がい児についての話を聞いたことがきっかけでした。本を読んで知識を深め、休みを利用して岡山県の施設に実習へ赴いたこともあります。実習では慣れないことが多く苦労もありましたが、入所者の温かな心に触れ私自身がかえって癒されました。
高校卒業後は岐阜聖徳学園短期大学保育科に進学。当時は障がい児に関する専門的な授業がなく、独学を続けました。卒業後は国府町に戻り、国府町立こくふ保育園(当時)に入職。園には障がいを持った子どものクラス「すくすく教室」があり、担当を2年務めました。勤務の傍ら、障がいへの理解をもっと深めたいと行政に掛け合い、岐阜大学へ内地留学。半年間、一般の学生に混じって、勉強したり障がい児施設で実習を受けたりしました。
当時の私はまさに「井の中の蛙」。保育士として現場で働いてはいたものの、新たな学びがたくさんありました。もっともためになったのが、障がいの知識を学べたこと。さらに障がい児やその保護者への接し方を通して、他人への心配りや話し方を見直すきっかけとなりました。
育児と仕事の狭間で
多忙な毎日を支えた子どもたち
33年間の勤務の中で、2度の産休を経験(昭和49年、53年)。当時の育児休暇は、産前6週間・産後8週間の短いものでした。テレビや新聞を見る時間もないほど慌ただしい毎日で、保育園の子どもに教えられるまで、ピンクレディーの存在も知りませんでした(笑)。終業時間は17時でしたが、時間内に終わることは稀。家に帰ると、立膝で子どもを支えて授乳しながら、ご飯を掻き込んでいました。
自身の育児を振り返ると失敗ばかりで、仕事に没頭するあまり長男の家庭訪問をすっぽかしたことも。仕事と育児の狭間で悩んだこともありましたが、そんな自分を支えてくれたのは家族と園児でした。つらいことがあっても笑顔に癒され、私は我が子や園児に育ててもらったようなものです。
親子で過ごす時間を大切に
多世代を巻き込んだ団体へ
岐阜市に住んでいた長男夫婦が地元に戻ってきたのを機に、53歳で保育園を退職しました。孫と一緒に遊ぶ中で出会ったのが、現在代表を務める「乳幼児学級ピッコロハウス」です。当時は高山市の合併を機に、行政からお母さん方による自主運営へと切り替わったころでした。
活動に携わって今年で12年。33年間の保育士経験がありますが、毎日が勉強です。今でも、専門家が出演する育児番組を録画して、保育士としての知識が間違っていないかを確認しています。
働く女性が増え、子どもと過ごす時間が少ないお母さんが多い現代。「自分はお母さんに大切にされているなあ」という安心感は、子どもの成長に不可欠です。限られた中で、親子で過ごす唯一無二の時間を大切にしてほしいですね。
子どもたちには、「たくましく生きる力(甲斐性)」を身につけてほしい。豊かな自然は、学びのフィールド。思いっきり外で遊んで、水や土、草木、風、雨を体感し、五感を養ってほしいです。孫が幼い頃には、私もよく外に出かけました。思いっきり遊ぶと、心が満たされるのでしょう。「したいこと」「嫌なこと」をはっきり言えるようになったと思います。
今後は、「乳幼児学級ピッコロハウス」に団塊の世代を巻き込みたい。ゆったりとした人間関係を育み、野菜づくりや裁縫など、それぞれの得意分野を、活動に生かしていただきたいですね。おじいちゃんやおばあちゃんがお孫さんと参加できる「祖父母学級」も開催したい。夢はさらに膨らみます。