岐阜で活躍する女性の紹介
〜岐阜で活躍する女性からあなたへのメッセージ〜

自他ともに認める「旅館フリーク」
サービスの基本
「おもてなしの心」を
ずっと持ち続けていきたい


本陣平野屋・女将
有巣栄里子(ありす えりこ)さん(高山市)

【2018年6月 5日更新】

「本陣平野屋花兆庵」と「本陣平野屋別館」は、高山陣屋のすぐ近くに位置する温泉旅館。宿泊客に寄り添ったおもてなしが好評で、2014年度には、『JTBが選ぶサービス最優秀旅館(小規模部門)』を受賞しました。リピーターの心を掴むのは、女将・有巣栄里子さんの温かな笑顔。有巣さんが考えるおもてなしの極意に迫ります。

飲食・旅館業の家に生まれて
21歳で若女将に就任

 飲食業を代々手がけてきた家に生まれました。祖父は、洋食屋「アリス食堂」を創業。既存の旅館を引き継いだ父が「本陣平野屋」を始めました。私は4人姉妹の長女。「愛想がいいから、お前は旅館業に向いているなあ」と、褒められて育ちました。
 岐阜県立斐太高等学校卒業後、上京。旅館業を継ぐため、東京YMCA国際ホテル学校で接客の基礎知識を学びました。その後、文豪たちに愛されたホテルとして知られる「山の上ホテル」(東京・神田)に入社。お客さまと接する中で、「やはり自分は旅館業が好きだな」と改めて実感しました。幼い頃、祖父の店で多くを過ごし、祖父母や両親、店員さんの働く姿を見て育ったからでしょうか。相手が求めていることを読み取る力には長けていると思います。自身のおもてなしが、お客様に喜んでいただけた経験は自信につながりました。
 下呂市に新規店舗をオープンするため昭和57年、父の命を受けて帰省。21歳で「下呂温泉 平野屋」の若女将に就任しました。「下呂温泉 平野屋」で働いた2年間は、私にとっての修業時代でした。スタッフの中で私は最年少。「サービスとはこうあるべき!」と考えを口にしたところで、誰も耳を貸してくれません。旅館はいつも人手不足でしたから、満足のいくサービスなど提供できるはずもありません。専門学校でホスピタリティーを学び、ホテルで実践を積んでいた私の自信は見事に崩れ去りました。
 人手が足りないため、裏方の仕事も担当。従業員のまかない食も私が作りました。当時はまだ若く、料理のバリエーションはわずか。「コロッケひとつでどうやって働けっていうんだ!」と罵倒されたこともありました。

挫折を乗り越えるべく猛勉強
子育て中に、女将へ復帰

 結婚・出産を機に、女将業から一旦距離を置きましたが、下呂時代の悔しい思いは募るばかり。「今度こそ失敗はしたくない」と、旅館業に関する本を読みあさりました。なかでも感銘を受けたのは、石川県にある加賀屋の先代女将・小田孝さんや、浅田屋の女将・浅田伊賀子さんのインタビュー記事。穴が空くほど何度も目を通したほか、数ある旅館の中で、どこが顧客の評価を得ているかなども研究しました。
 平成5年、「本陣平野屋花兆庵」が新規オープン。再び、女将業に復帰いたしました。目指したのは、「お客さまに叱られない旅館」。一人ひとりのお客さまに目を配り、何を求めていらっしゃるかを日々考えています。おもてなしに、国籍や性別、年齢、障がいの有無は関係ありません。一人ひとりに喜んでいただくために、精一杯を尽くすのです。
 外国人のお客様がツアーバスでいらっしゃったときのこと。旅館に到着して、お荷物がないことに気がつかれたのです。前日に泊まられていた先のホテルに問い合わせると、紛失物として預かっているとのことでした。お客さまのお子様はアレルギーをお持ちで食事制限が必要。忘れてきた荷物にはアレルギー用のミルクが入っていたのです。ホテルに発送を依頼すると、「着払いでの発送サービスは行っていません」と断られてしまいました。お客様の困った様子を見ると、何とかして差し上げたいのが私の性分。往復6時間かけて、スタッフが荷物を取りに行きました。
 安全面を考えると、それが正しい決断だったのかはわかりませんが、お客様には大変喜んでいただきました。この一件があって以来、ツアー会社の方とはより深いお付き合いをさせていただいております。

一大決心に批判の声も
リピーターの声に支えられて

 「おいしい料理」と「もてなしのよさ」が「本陣平野屋」の2本柱。新料理長が就任したときの出来事は、ターニングポイントのひとつとして今でも心に残っています。前任の料理長の味に惚れ込んでいたリピーターさまがいる中での大決断。新しい味をお気に召さない方もいらっしゃるであろうと覚悟はしていましたが、新料理長とともに新たに進んでいくことを強く心に誓いました。
 「なんだこの味は!この旅館には二度と来ない!」と私と新料理長に向けてお怒りを向けた方もいらっしゃるなど、待っていたのは厳しいお言葉。ただひたすら頭を下げることしかできませんでした。
 料理に批判が集まる中、私を励ましてくれたのは、毎年通ってくださるリピーターの方のお言葉でした。「また怒られるかもしれない」と思いながら、恐る恐る、お伺いした私に、「料理長変わったんだね、料理の味は違うけれど、料理長の一生懸命さが伝わるね」と温かなお声をかけていただいたのです。鮎や伝統野菜などの地域食材を深く研究してくれた新料理長。彼の努力が報われたと思い、思わず涙が溢れました。

女性の活躍を支えたい
経験を職場環境に活かして

 高山市の観光客数は、年間400万人。スタッフ一人ひとりが「高山市」の看板を背負っている気概を持って、お客さまに接しています。「本陣平野屋」での滞在中に、お客様の気分を害してしまった場合、高山市そのもののイメージを壊しかねません。責任は重大である一方で、やりがいもありモチベーションにつながっています。
 自分でも「旅館フリーク」だなと呆れるくらい、旅館業が好き。自身の勉強も兼ねて、あらゆる旅館に積極的に宿泊しています。学びを深めることはもちろん、旅館業に対する自身の考えに間違いがないかを確認する機会でもあります。
 3人の子どもは成人し、孫も誕生。孫育てや介護を考える年齢に差しかかりました。新たなライフステージを迎えるにあたって、後世育成により注力したいです。女性活躍推進の重要性が叫ばれる昨今ですが、かねてから旅館業は、女性の活躍なくして成り立ちませんでした。弊社はスタッフの80パーセントが女性であることから、女性の働きやすい職場をつくりたい、と昨年「女子力委員会」を設立。子育て、孫育て、介護中などさまざまなライフステージの女性スタッフを集めて、職場環境の改善に努めています。パッチワークのようにつなぎ合わせた勤務体系を構築し、短時間勤務も可能にしたいですね。託児所付きの職場見学会なども実施し、あらゆるライフステージでも働けることをもっとPRしていきたいです。子育ても介護も誰もが通る道。私自身の経験を活かして、新たな会社づくりを進めてまいります。