現在、医療法人和光会の在宅医療部で看護部長を務める原啓子さんは、医療や介護、生活支援、予防などを一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の構築や後進の育成に力を注いでいます。原さんは、結婚、出産、育児を30歳までに終えてから復職することが目標でした。しかし、31歳の時に和光会との出会いがあり、3人の子育ての真っ只中に「訪問看護ステーション和光」に入職しました。
経験が少なく、ブランクもあり、育児と仕事の両立は大変でしたが、働くことへの新鮮な気持ちと、訪問看護師という仕事に大きなやりがいを見出すことができ、20余年のキャリアを重ねられたといいます。
医療ニーズの高い利用者急増
多職種で24時間365日支える
私が入職した頃は、訪問看護ステーションの知名度が低く、岐阜県内には5カ所ほどしか設置されていませんでした。ご利用者数もまだまだ少ない上、医療ニーズも比較的低かったことや当時指導に当たって下さった先輩方にも助けられ、訪問看護師としてじっくり成長することができたと思います。
20年が過ぎた今は、医師や介護職員、理学療法士などのセラピスト、薬剤師など多職種のスタッフと連携し、在宅で療養を続ける方々の生活を24時間、365日支えています。人工呼吸器や胃ろう、中心静脈カテーテル、点滴やたんの吸引などの医療処置、緩和ケアや看取りなど、医療ニーズの高いご利用者が増えたほか、病気の予防のためのご利用者も少なくないため、病気を早期発見できる看護スキルも重要になります。
所属する「訪問看護ステーション和光」は現在、訪問看護師のほか、理学療法士、事務員あわせて総勢23人が在籍しており、大規模ステーションと言えるまでに成長しました。この20年の間に、岐阜市内だけでも訪問看護ステーションが50カ所以上に増え、どこも存続をかけて職員数の確保や、利用者数を安定させ、さらに増加させることに腐心しています。そんな中、和光会グループの訪問看護ステーションで働きたいと思っていただくために、訪問看護師一人ひとりの自律や質の向上に努めるのはもちろん、個々のワークライフバランスを大切にできるよう、職場環境をさらに良くしたいと考えています。
高水準の訪問看護師育成に向け
教育プログラムを構築中
急性期医療(※)から訪問看護の世界に飛び込んでくれたスタッフが何人もいますが、看護スキルがあっても、ご利用者ごとに環境の違う「在宅」という生活の場に入る場合、ご本人やご家族の意向に沿った対応が必要です。緊張と不安の中、ほとんどが一人で訪問しますが、瞬時の判断力が必要となる時もあります。しかし、和光会の訪問看護サービスのマニュアルが十分でなく、その都度先輩訪問看護師の経験と感覚に頼った指導を受けていました。
そこで、2018年4月に初めて新卒採用したのを機に、経験豊富な訪問看護認定看護師の監修のもと、基本的な看護業務や技術マニュアルの見直しと訪問看護の教育マニュアルを作成しました。
看護技術はもちろん必要不可欠ですが、在宅医療では特にマナーやコミュニケーション能力なども重要視されます。さらに、指示がなくても自律して行動できる訪問看護師に育てなくてはなりません。看護スキル、看護アセスメント、人間性など総合的に水準の高いスタッフが育つ教育システムが構築できれば、おのずと地域から「和光会の訪問看護」が選ばれるのではないかと考えます。そんな人材が育つ教育プログラムと風土をしっかり構築、充実させたいですね。
若い人材が入職すると、新・旧職員間の問題や課題が発生するものですが、同時に指導やフォローする側の忍耐力も問われるものです。私の子どもと同世代の若いスタッフが多くなった今、スタッフの表情を見て母のように寛大な心で支え、見守る姿勢を意識しています。
※病気の発症から回復期や亜急性期へ移行するまでの期間における医療
病院では見えない病気の背景
生活を見てその人の価値観を理解
この仕事の魅力は、看護スキルとコミュニケーション能力が活かせるところでしょうか。病院では見えなかったその人の生活と、そこから見える病気の背景など、在宅には、その人の本音が詰まっています。その人が人生をどう歩んでいきたいかなど、「生活を見てその人の価値観を理解する」というところが、訪問看護の醍醐味ですね。
現在、法人内にある4つの訪問看護ステーションの人事も預かっていますので、これから訪問看護師を目指す人たちにもその魅力を伝えていかなければ、と思っています。
ご利用者の不利益にならない看護サービスを行うことを徹底し、ご利用者やご家族が安心して住み慣れた地域で最期まで暮らせるよう、「みんなを笑顔に。」を合言葉に、訪問看護に取り組んでいます。
私も、父が高度の認知症を患い、地域包括ケアシステムを利用しながら母が介護をしていました。母は私にほとんど頼らず、一人で父を支えていました。しかし、父の容態は凄絶だったようで、恥ずかしながらそれを知ったのは父が亡くなる直前でした。家族なのに母の思いや父の思いを自分が引き出せなかったことはショックで、とても悔やみましたが、逆にこの経験を活かし、私がご利用者やご家族の思いを引出すことで、地域に還元しようと心に決めました。
「最期まで自分らしく生きる」ということは、決して簡単なことではありません。ご利用者の将来の医療やケアについて主治医を中心とした我々の医療ケアチームが、ご利用者やご家族と繰り返し話し合い、最期までその人らしく「どう生きるか」「どう逝きたいか」、そんな意思決定を支援できるように努めています。ご利用者の思いを引き出せる能力をどう指導し、どう育てるのか。職員一人ひとりの持っている感性を引き出していけるといいですね。
好きな言葉は「一期一会」
二度と来ない一瞬を大事にしたい
子どもが成長して週末の時間をもて余すようになってきた頃、同僚から登山に誘われ、何となく始めました。初めての登山は金華山。「金華山なんて今さら......」と思っていましたが、登頂すると何とも言えない気持ち良さと達成感を味わえました。
普段は近隣の低山をトレッキングするほか、仕事仲間とバスツアーへも出かけます。お酒とおしゃべりが大好きなので飲み仲間もいっぱい。食事に出かけることも増え、日ごろのストレス発散もうまくできています。自宅で猫とゆっくり過ごすのも息抜きになりますね。
好きな言葉は「一期一会」。ご利用者やそのご家族など、この仕事をしていたからこそ出会えた方々との縁は宝物ですね。以前、在宅で最期を看取らせて頂いた方のご家族から、「在宅は病院のように常に看護師がそばにいるわけではない。しかし、不安になって電話をかけるといつでもすぐ出ていただけ、いつもそばにいるかのように対応してもらえて本当に心強かった」との言葉をいただきました。「在宅医療に携わっていてよかった」「自分がやってきたことは間違いではなかった」と思えた瞬間でした。どんなときも二度とは来ない瞬間だからこそ、その一瞬、一瞬を大事にしたいですね。