疾病の原因を明らかにする学問「疫学」を研究する永田知里教授。岐阜大学医学部で学ぶうち、臨床医ではなく疫学者を志すようになりました。現在は岐阜大学大学院医学系研究科の教授として活躍し、女性特有の病気や子どもの健康を中心に研究しています。
臨床医を目指し医学部へ
その後、社会医学に関心
長年に渡り、何千人という人数を追跡して調査研究し、生活習慣病の発生を把握する「コホート研究」をしています。私は1982年に東京大学理学部を卒業しましたが、さらに学び直すため岐阜大学医学部に入学しました。高校生の頃、理学部か医学部に進むか迷い、最終的に医学・医療分野に身を置きたいと思ったからです。
医学部に入学したときは、患者と向き合う臨床医になると決めていました。しかし、次第に公衆衛生や社会医学へと興味が移り、疫学者という研究職に進みました。
普段は医学部の学生に向けて講義もします。学生が自分でテーマを決め、疫学の方法論をもとに研究してプレゼンテーションをする機会も多いです。熱量のある学生と向き合うと私自身も力が入ります。ただ、医学部を卒業後は臨床医になる学生が全国的に多く、私のような研究者になる人は減っています。私が疫学者を志した時は、周囲にも同じ夢を持った人がたくさんいましたが、今では医学分野で研究に注力する人材の不足を感じています。そういった状況は少し寂しくもありますね。
高山市を対象地域にした
コホート研究を実施
私が取り組むコホート研究は、たくさんの一般の方を一定期間追跡して情報をいただく調査方法で進めます。ひとつが1992年から岐阜県高山市ではじめた「高山スタディ」です。
がんや脳卒中、虚血性心疾患、糖尿病といった生活習慣病の予防に有効な食生活を調査し、論文を書いたり、フォローアップしたりして継続しています。先代の教授から続けている調査ですので、30年ほど続いている研究ですね。
1回目のコホート開始時は、高山市在住で35歳以上の方を対象に「高山市健康と生活習慣に関するアンケート調査」票への回答を依頼しました。一部の方には血液採取にもご協力いただきました。長年に渡り何万人という人を追跡調査すると、生活習慣と数年後に発症した病気との因果関係が浮かび上がるケースもあります。
長年の取り組みを経て、全国の他のコホート研究機関とも連携し、「体格と乳がんリスク」「大豆摂取と乳がん」などの研究成果を発表できました。
納豆の有用性を発表
栄養疫学にも取り組む
臨床医と異なり、疫学者はいろいろな研究テーマと向き合えるのが魅力です。例えば乳がんは女性ホルモン(エストロゲン)が関連するのですが、女性ホルモンと生活習慣の関連性に着目します。生活習慣や食生活を調査すると、大豆などの食品や栄養素も研究対象になります。こうして一つの病気をミクロ的に見るのではなく、関連する生活習慣や食べ物にまで興味が広がります。
もちろん、がん専門の疫学者もいますが、私は栄養疫学にも力を入れていて、大豆の健康有益性についても発表しました。納豆35g入りパックを週1~2回食べる人は、ほとんど納豆を食べない人に対して脳卒中による死亡リスクが約3割減少するという調査結果は、高山市でのコホート研究から導きだしました。納豆の健康有益性が裏付けられたと大きな反響があり、その後も日本人約3万人を16年間かけて追跡調査して導きました。やはり疫学はとても時間がかかるものです。
小児期の生活を知るための
碧南こどもスタディ
愛知県碧南市で取り組むのが、碧南こどもスタディ「学童における生活習慣と健康に関する前向き研究」です。碧南市の約3000人の小学1年生を対象に、中学生まで追跡調査しています。保護者に調査対象となるお子様の食事、運動、睡眠といった生活習慣、薬剤、携帯電話の使用などに関して答えてもらいます。
全体を集計することで、どんな習慣・環境がその後の体格や血糖値、血中脂質値に影響を及ぼすかが明らかになります。小児期は生活習慣病予防の重要な時期。理想的な生活習慣がわかり、それを小児期に身につけられたら成人まで継続されやすいもの。アンケートには「座っている椅子の高さ」「食品の食べる順番」「寝室の明るさ」など、興味深い仮説が立てられないか、質問項目にも知恵を絞ります。
着眼点を変えた質問で成人病につながる生活習慣がわかるかもしれません。ただ、あまり質問項目が多いと保護者に負担がかかるもの。バランスよく聞くことを心がけます。
碧南こどもスタディは、子どもがより健康でいられることが目標。病気を見つけ出そうとするのではなく、将来の生活習慣病につながる肥満などの予防を目指しています。多くの調査対象者がいるので、回収したアンケート入力も人手や時間がかかりますが、すでに集めたデータをまとめ、論文としてどんどん発信していきたいです。