岐阜で活躍する女性の紹介
〜岐阜で活躍する女性からあなたへのメッセージ〜

2時間ドラマのように
泣けて笑える地歌舞伎。
役者、振付師として
中津川の地歌舞伎を
後世に残したい。


地歌舞伎役者 振付師
伊藤 麻里(いとうまり)さん(中津川市)

【2022年8月15日更新】

全国に約200の保存会がある地歌舞伎はその昔、歌舞伎を見た町人が見よう見まねで役者になり切り、周囲に披露したのがルーツとされます。岐阜県には保存会の30団体があり、中津川市内には6つの保存会があります。地歌舞伎の役者、振付師として活躍する伊藤麻里さん。地歌舞伎と言っても、大きな団体に負けない質の高い舞台を心掛けています。

本番まで残り1カ月。熱中した稽古が原点に
 私が子どもの頃、「中津川文化会館」で「子ども歌舞伎講座」が始まりました。歌舞伎好きの母に連れられ、10歳だった私も参加しました。1年かけて歌舞伎を学び、子どもたちは発表の舞台を迎えるのですが、実は私が入った時、公演まで残り1カ月しかありませんでした。残っていた役も、誰もがやりたがらない、おばあさんの役だけでした。
 何も分からない状況でしたので、おばあさんの役を引き受けたものの、残り1カ月で私を舞台に立たせないといけなかったため、師匠たちは必死に指導してくれました。特に子どもは恥ずかしさから、舞台で大きな声を出すのをためらいます。しかし、私は周りが必死でしたからそれに応えようと一生懸命練習しました。すると、大人からは「あの子は、いい役者だね」と褒めてもらえ、自信満々になりました。子ども心に大人から褒められることはうれしいものです。現在、私は47歳。あれから35年以上、ずっと地歌舞伎をやり続けているのですが、あの時のうれしさが、今も続けられている原点です。

後世に残すべく40歳から振付師に挑戦
 役者だった私が振付師として勉強し始めた40歳のころです。その時の私の師匠は中村高女(たかじょ)、中村津多七(つたしち)の名跡を持つ方なのですが、中村津多七師匠が亡くなられてしまいました。私はそれまで、この狭い中津川のことしか見れていませんでした。しかし、外は広く、上手い役者がたくさんいました。そこで、私は初めての挫折を痛感しました。だからこそ、師匠たちが亡くなられても、この地域に地歌舞伎を残したい、そのためにも学び直そうと考えました。 
現在、振付は京都に住む岩井小紫(こむらさき)師匠のもとで勉強しています。小紫師匠はご高齢ながら、指導の際は跳んだり、しゃがんだりとパワフルです。日常から、稽古はもちろんのこと、ネット動画を見ては、今でも地歌舞伎を勉強されています。人柄、その芸道に対する姿勢にとても感銘を受け、この人から学びたい、この人に少しでも近づきたいと思いました。口癖は「どうせやるなら、ちゃんとしたものをやりなさい」。田舎の地歌舞伎だからこれでいいではなく、大きい団体が披露するような歌舞伎にも負けない、そんな気持ちは忘れずにいたいです。
 私は中津川保存会に所属し役者と振付師をしています。ほかにも東濃歌舞伎、常盤座歌舞伎保存会、恵那歌舞伎保存会、市内の保育園などで指導者として活動しています。1つの会の公演が決まると約2カ月は稽古ですから、1年のうち約半年はこれらの稽古、本番に充てています。

目指すのは素人歌舞伎を越えるクオリティ
地歌舞伎には役者以外にも、浄瑠璃を語る太夫、太棹三味線を弾く大夫(だゆう)、浄瑠璃といった方も必要です。私も振付師以外に、太夫の修業もしています。三河にある保存会の「市川少女歌舞伎」では、実際に私が太夫として舞台に立たせてもらうこともあります。
 歌舞伎はセリフ8割、所作2割と思っています。セリフがダメだと、立ち居振る舞いが良くてもダメだと思います。私は出演する方に指導するとき、「目指すのは素人歌舞伎を越えるクオリティだよ」と伝えています。稽古は嘘をつきません、稽古しただけ結果が出ます。出演する方には、それを味わってもらいたいです。ただ動いて、ただしゃべるだけではなく、良いものを作り、足を運んだ人にもその感動を体験してもらいたいと考えています。公演が終わった後の達成感、そしてみんなで作り上げた瞬間もうれしいです。

初心者歓迎。丁寧なプログラムで地歌舞伎が見られる
 地歌舞伎を見たことがない方は、たくさんいらっしゃると思います。中津川保存会では、毎年3月に定期公演をしています。ぜひ、足を運んでいただきたいです。事前に配布するプログラムにあらすじが書いてありますから、物語の内容がわからないということもないはずです。
 開演前には大向こう講座もあります。「待ってました!」、「よっ、日本一!」などの掛け声を大向こうといいますが、どのタイミングで言うかをレクチャーします。中津川の地歌舞伎に登場する役者はもちろん素人で屋号はありません。本業が保険屋さんの役者さんが登場すると、「保険屋!」なんて声がかかって、そんなローカルさも地歌舞伎の良さかもしれません。
地歌舞伎の地は「地域」の地だと思います。振付、太夫、三味線、役者、顔師、下方、衣裳、大道具、裏方など地歌舞伎にはたくさんの人々が関わっています。そのどれを欠かしても公演は成り立ちません。それが足りない場合、お金を払えば東京、名古屋などの都会から、いくらでも代わりは呼べます。そのことを否定はしませんが、それで問題を解決していてはいけないはずです。地域の人でまかなう。地域の人で守る。そんな地歌舞伎を残していきたいです。