普段左官職人として働く中嶋いづみさんは、左官材として使われている自然由来の漆喰を用い、抽象画を描くアーティストとしての顔も持っています。幼い頃、父が左官をしていた姿を見たことがあるものの、自身が漆喰にふれたのは2015年頃。左官アーティストとして歩み始めたのは、2022年と最近の話ですが、早くも個展を開催。さらに海外を見据えるなど、精力的に動いています。
自然に対する興味
20代前半、アルバイトとして勤めていた小売店に就職して5年ほど在籍し、母が手がけていた化粧品販売事業を継ぎました。その事業では美容サロンを立ち上げたり、人材の育成も行うなど、組織改革やマネージメントに注力。最終的に「やり切った」という充実感を得ることができ、次にやりたいと思うことを模索していたところ、海外の天然石を販売している方と出会いました。かねてから自然に対して興味を持っていた私は、石という自然の産物を扱うことに惹かれ、「白玉椿」の屋号を掲げて自分でも販売を始めました。
漆喰と出会ったのは、2015年です。天然石の販売を続けるなかで、「これからは衣食住のどれかに携わることがしてみたい」と思うようになり、ある時漆喰塗りの体験会に参加しました。うちは父が建築・土木の仕事をしていて、体験会では父が左官をする姿をつい思い出し、漆喰に愛着が湧いてきました。また、幼少期に眺めていた大垣の金生山で採掘されている石灰が漆喰の原料であると知り、自分とのつながりを発見。いっそう漆喰への想いを強めることになりました。
左官アートを本格化
漆喰塗り体験をきっかけに、漆喰のDIYサポートやワークショップ活動にも取り組んだ私は、本格的に左官について学んでみたいと思い、職業訓練校に1年間通いました。卒業後は、県外の建築会社に左官職人として就職。左官ならではの厳しさもあり、ばね指を発症した際に一度退社しました。でも、左官と漆喰への熱が冷めることはありませんでした。そして、2020年関市の建築会社に籍を置かせてもらえることになりました。
左官の仕事と並行して、DIYのサポートやワークショップ活動は続けており、気の向くままに漆喰を使って絵を描くアートにも挑戦していました。私は「DIYサポートかワークショップか、アートのどれかを事業化すれば、左官の技術と大垣産石灰を原料とする漆喰の素晴らしさを広く知ってもらうことができるのではないか」と考え、そのヒントを求めて「垂井町創業支援アカデミー」に参加。そこで大垣市にある中小企業や起業家の支援センター「Gaki-Biz」の担当者さんと出会い、さまざまなアドバイスを受けた結果、アート活動をもっと本格的に行うことに決め、創作プロジェクトの「koteto」を立ち上げました。それが2022年の夏のことです。時々kotetoの名称について聞かれるのですが、kotetoのkoteは、漆喰を壁に塗る時に使う鏝(こて)という道具が由来になっています。
思うままに手を動かす
私は左官アートに取り組む時、頭にふとイメージされたものをキャンバスに描いています。毎回決まったモチーフをもとに描いているわけではありません。ただ、強いて言うなら「今日は川の流れがいつもと違うな」とか「今日の空の色はすごくきれい」とか、その日の自然の表情からインスピレーションを受けて、思うままに手を動かしていくんです。すると、次第にキャンバスや周囲の壁と自分が一体化していくような感覚がつかめてきて、どんどんキャンバスが彩られていく。この感覚が掴めた瞬間がたまらなく心地よく感じます。なお、今までの作品を見返すと、空や雲、山、波などを描いていることが多いです。
私の左官アートの大きな特徴としては、藍染めで使う藍と漆喰を組み合わせ発色させていることだと思います。ある日、友人が「たくさん育てたから」と藍の葉をくれたことがありました。私は以前、藍染経験者との出会いから藍の持つ魅力にふれていたことがあり、「藍を漆喰と組み合わせてみたら、よりよい作品が生まれるかもしれない」と思ってトライしてみました。でも最初は、藍色がほんのり発色する程度。納得のいく発色に到達するまであれこれ手を試しましたが、思うような結果が得られません。いよいよ諦めの感情が湧き上がってきた私は、今までにない配合比率で藍と漆喰を組み合わせて塗ってみました。すると、偶然にも美しく藍が発色したのです。以降も試行錯誤を繰り返し、今はその日の外気温などを参考に、藍と合わせる水や漆喰の量を適切に調整することで、うまく発色させられるようになりました。
海外も視野に入れる
2023年5月、大垣市情報工房の1Fギャラリーにて、初の個展「藍波」を開くことができました。これは、Gaki-Bizの担当者さんの協力があってこそ実現したと言えます。初の個展の翌月にも垂井町のカフェで個展を開催し、2024年の春には池田町のギャラリーでも開催する予定です。
Gaki-Bizの担当者さんは、個展開催の協力に加え、県が認定する「ぎふ女のすぐれもの」への応募を熱心にすすめてくださいました。これは、県内の女性が企画・開発に参画したモノやサービスのなかで、その名の通り優れたものを認定する制度です。そして、とてもありがたいことに、左官アートが2023年度の「ぎふ女のすぐれもの」に認定されました。審査員の方が「海外で受け入れられるのでは?」とおっしゃってくださり、海外に住む友人たちに相談したところ「可能性を秘めている」「注目されると思う」などのうれしい評価をもらえたので、今後は海外での個展も視野に入れて活動していきたいと思っています。


