岐阜で活躍する女性の紹介
〜岐阜で活躍する女性からあなたへのメッセージ〜

美味しさと健康を両立させ
スポーツ栄養の分野で
アスリート、そして多くの世代
高齢者の健康も支える発信を
続けていきたい


公認スポーツ栄養士 FREC株式会社代表
馬淵 恵 (まぶち めぐみ)さん(瑞穂市)

【2025年10月 9日更新】

馬淵恵さんは、結婚・出産後「スポーツ栄養」という分野に飛び込み、岐阜県で初めて公認スポーツ栄養士の資格を取得。サポート先を拡げていき、2013年に「食を育てる」をコンセプトとしたFREC株式会社を設立。行政や病院、企業での生活習慣病、ダイエットなど、延べ10万人を超える幅広い年代へ向けて食と健康についてアドバイスをしながら、多くのアスリートたちの栄養サポートで全国を飛び回っています。

子育てと仕事の両立
 生まれも育ちも秋田県で、共立女子大学食物学科管理栄養士専攻を卒業してから大手食品メーカーの営業として就職。3年勤めた後、大学時代から付き合っていた夫の出身である岐阜に引っ越してきました。在宅でも仕事をしていきたいと考えていて、1人目を出産した頃に、管理栄養士で起業された方の記事を読んで、メールでコンタクトをとったらご縁がつながり、そこから在宅で大手企業のダイエットにまつわるお仕事をいただけることになりました。子育てをしながらそのお仕事をするかたわら、地域活動をしている栄養士の方に誘っていただき、行政による乳幼児健診、特定保健指導、糖尿病教室など健診活動や講演活動など、地元のさまざまな栄養士活動に参加することになりました。

スポーツ栄養士へ転身
 次の転機は子どもが小学生になりサッカーを始めた時。平日も土日も練習がぎっしりで、どうやってご飯を食べさせたらいいのだろうと悩み調べたところ、スポーツ栄養の本が目に留まりました。「これやってみたい」とひらめき、そこからスポーツ栄養の世界へ。当時まだ岐阜県には1人もいなかった「公認スポーツ栄養士」という資格があるのを知り、公認スポーツ栄養士に応募しました。2年間講習の間は、家族に子供を預けて泊まりがけで大阪や東京に行って勉強しました。資格取得と並行してスポーツ栄養の仕事も岐阜で開拓するようになり、お仕事で繋がりのある方からありがたいことに紹介を頂いて、県内の大学や高校のラグビー部がサポート先になりました。さらにスポーツ少年団の研修でいろいろなところでセミナーをするようにもなりました。
 もともと起業については前向きで、いつか起業したいという気持ちがありましたが、いつ、どこで、と決めかねていました。大手企業の食品会社と仕事をする話が持ち上がり、それには株式会社であることが必須でしたので、ここがタイミングだとついに会社を立ち上げました。

地域と全国で活動
 スポーツ栄養士の資格を取得してからは、全国の仕事もするようになりました。資格を取ったときに一緒に勉強した人たちが、日本各地の運動部の監督さんなどで、特にラグビー関係の方が多く、スクールウォーズで有名な高校の監督さんをご紹介頂いたり、全国の強豪校とご縁ができ、早朝の電車で大阪に通ったりしたこともありました。
 アスリートのサポートとしては、昨年まで広島カープの野村祐介選手の食事を8年間、裏方で支えさせてもらいました。彼が35歳まで現役で頑張れた力になれたことは自分の中でも大きなことだと思っています。また、岐阜ではフェンシング・フルーレの大垣共立銀行所属の辻すみれ選手をサポート。オリンピック団体4名に選ばれ活躍し、世界大会で日本女子フルーレ団体として初めて金メダルを獲得したメンバーになりました。この仕事の喜びは、アスリート達の摂取する栄養を管理し、食べ方を変えてパフォーマンスが向上し、それが選手たちの結果につながるというところです。栄養サポートをしたことで選手の皆さんのパフォーマンスが大きく変わり目標達成する姿が嬉しく喜びでもあります。

「知覚動考」を心に
私の実家は秋田のラーメン店で、今でも昼の2時間高齢の両親が切り盛りしています。昔はそれが嫌で家を出て東京に行ったという経緯がありましたが、全国からその味を食べに来る人がいて、美味しいと言っていただけることの凄さに今ようやく気づきました。母が病気で3か月休業した時に全国の方から励ましのお言葉を頂き、全国から味を求めて来店されるお客様が沢山いらして、味のおいしさで人を元気にする両親の凄さを今になってようやく実感しました。「ああ、両親はやっぱり偉大だな」と再認識し、父の作った「肉タンメン」をこれからも残そうと、事業継承し会社を立ち上げました。25年前にやめた餃子を復刻させ冷凍餃子開発、クラウドファンディングで一番人気の肉タンメンの冷凍通販商品の開発をし父の味のブランドを残していくことに現在力を入れています。その他、東北ではほとんどの人が知っている山形県のお煎餅の会社と協力して、アスリートでも食べられる健康せんべいを製造、大手企業がなかなか出来ないことへのチャレンジなど、故郷の東北とのつながりも事業に組み込みながらやれることをやりたいと思っています。
 これからの私のミッションは、「スポーツ栄養士の仕事で自立できる人材を育成すること」。スポーツ栄養の分野は、幅広い栄養士の知識も必要ですし、サポートした選手の活躍によって評価が分かれるため、仕事にするのはなかなか難しいと言われています。しかし、次の世代を育成してノウハウを全て伝えていくことが私の任務だと考えています。また、現在スタッフの中に若手の30代前半の子育て中の女性がいますし、女性が働きやすいように交渉したり考えたりするなど、これからの時代の女性が働きやすい環境づくりも私の仕事だと思っています。
そして、超高齢化社会で、おじいちゃんおばあちゃんがもっと健康寿命を伸ばすためにスポーツ栄養士として何ができるか、口腔ケアやフレイルロコモ検診を促進し、筋肉が大事で体を動かさないと弱っていくということを、スポーツ栄養士の立場から全国の高齢者にしっかり食事の大切さを伝えていかなければと思っています。
 「知覚動考」と言う言葉が座右の銘です。メンタリングという人材育成の学びの師匠がこの言葉を伝えてくれました。「覚えてから動くのではなく、知りながら覚えながらまず行動に移そう」というもので、まさにそれを実行し今があると思っています。「人生を楽しむ」ことを目的にすれば、どんなに思い通りにならないことがあっても、「楽しもう」と切り替えることで、次のステップに繋がるのではないでしょうか。